内側上顆炎(野球肘・ゴルフ肘)
1. 内側上顆炎とは何か
内側上顆炎(ないそくじょうかえん)とは、肘の内側にある骨の出っ張り部分「内側上顆(ないそくじょうか)」に炎症(えんしょう:体の中で起こる腫れや熱を伴う反応)が起き、痛みが生じる病気です。
「内側上顆」とは、肘を曲げたときに内側(小指側)に触れる、ぽこっと出っ張った骨のことです。この骨の出っ張りには、手首を曲げたり、手を内側にひねったりするための複数の筋肉の腱(けん:筋肉と骨をつなぐ丈夫なひも状の組織)が集まってついています。この腱が繰り返しの動作によって少しずつ傷つき、炎症を起こした状態が内側上顆炎です。
英語では「Medial Epicondylitis(メディアル・エピコンダイライティス)」と言いますが、スポーツの世界では「ゴルファーズエルボー(Golfer’s Elbow:ゴルフ肘)」という名前でよく知られています。日本では野球の投球動作でも多く起こることから「野球肘」とも呼ばれますが、厳密には野球肘はいくつかの肘の障害をまとめた総称で、内側上顆炎はその中の一つです。
似た名前の病気に「外側上顆炎(がいそくじょうかえん):テニス肘」がありますが、こちらは肘の外側(親指側)に起こる炎症で、別の病気です。内側上顆炎は外側上顆炎に比べると発症頻度は少ないものの、痛みや生活への影響は同等かそれ以上に大きいことがあります。
出典:https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/golfers-elbow/symptoms-causes/syc-20372868
2. なぜ起こるのか(原因)
内側上顆炎が起こる原因は、一言で言えば「繰り返しの動作による腱へのダメージの積み重ね」です。一つひとつの動作は小さくても、それが何百回・何千回と繰り返されることで、腱に微細な損傷(びさいなそんしょう:目では見えないほど小さな傷)が蓄積されていきます。
① スポーツによる反復動作 ゴルフのスイング、野球の投球・バッティング、テニスのサーブ・フォアハンド、柔道・レスリングなどの格闘技、アーチェリーなど、肘の内側に繰り返しストレスがかかるスポーツで多く起こります。
特にゴルフでは、クラブが地面に当たった瞬間の衝撃が前腕(ぜんわん:肘から手首までの部分)の筋肉に強い負荷をかけます。野球では投球のリリース(ボールを離す瞬間)の際に、肘の内側に強い引っ張り力がかかります。
② 職業的な反復動作 スポーツ選手だけでなく、大工・配管工・料理人・デスクワークでマウスを長時間使う人・荷物の積み下ろし作業をする人なども発症しやすいとされています。「職業性の肘」とも言えます。
③ フォームの問題 スポーツのフォームが正しくない場合、特定の部位に余計な負荷が集中します。例えばゴルフで手首のスナップを使いすぎるフォームや、野球で肘が下がった状態で投げるフォームは内側上顆炎を引き起こしやすくします。
④ 年齢による腱の変化 40代〜50代になると、腱の柔軟性(じゅうなんせい)が低下し、修復力(しゅうふくりょく)も弱まります。若い頃は同じ動作をしても問題なかったのに、年齢とともに発症しやすくなるのはこのためです。
出典:https://www.clevelandclinic.org/health/diseases/21955-medial-epicondylitis-golfers-elbow
3. どんな症状が出るのか
内側上顆炎の症状は、急に強い痛みが出るというよりも、じわじわと進んでいくことが多いです。「最近肘の内側が気になるな」という段階から、「肘が痛くてゴルフができない」「コップが持てない」という段階まで、症状の強さには幅があります。
① 肘の内側の痛み 最も特徴的な症状は、肘の内側(小指側)の骨の出っ張り周辺の痛みです。指で押すと痛みがあり、「ここが痛い!」とはっきり場所を指差せることが多いです。
② 手首を曲げたり、手を内側にひねったりすると痛む 前腕の筋肉を使う動作——手首を曲げる、コップを握る、ドアノブを回す、タオルを絞る——といった動作で痛みが増します。
③ 腕の力が入りにくい 握力(あくりょく:ものを握る力)が低下することがあります。「ペットボトルのふたが開けにくい」「バッグを持つと肘が痛い」「ゴルフクラブを握ると力が入らない」という訴えがよく見られます。
④ 前腕のこわばりやしびれ 痛みが前腕(肘から手首にかけて)に広がることがあります。また、肘の内側には「尺骨神経(しゃっこつしんけい)」という神経が通っており、炎症がこの神経を刺激すると薬指・小指にしびれが出ることもあります。
⑤ 朝のこわばり 朝起きたときに肘や前腕が硬くこわばっている感覚が出ることがあります。動かしているうちに少し楽になるというパターンが多いです。
出典:https://www.hopkinsmedicine.org/health/conditions-and-diseases/golfers-and-baseball-elbow
4. 肘の中で何が起きているのか(分解して詳しく)
内側上顆炎が起きているとき、肘の内部では何が起きているのかをステップごとに詳しく見ていきましょう。
ステップ①:腱に小さな傷が積み重なる
肘の内側上顆についている腱は、繰り返しの動作によって少しずつ引き伸ばされたり、こすれたりします。一回の動作で生じるダメージはごく小さなものですが、十分な回復時間なく同じ動作を繰り返すことで、小さな傷が積み重なっていきます。これを「反復性微細損傷(はんぷくせいびさいそんしょう)」と言います。
ステップ②:正常な修復が追いつかなくなる
体には傷ついた組織を修復する力がありますが、休む間もなく同じ動作を繰り返していると、修復が追いつかなくなります。修復しきれなかった部分にさらにダメージが積み重なることで、腱の変性(へんせい:正常な組織が変質すること)が進みます。
ステップ③:腱変性(けんへんせい)が起こる
正常な腱はコラーゲン繊維(こらーげんせんい:腱を構成する丈夫なタンパク質の束)が整然と並んだ構造をしています。ところがダメージが蓄積されると、このコラーゲン繊維が乱れ、もろくなっていきます。さらに、本来腱には少ないはずの血管や神経が異常に増えてくることがわかっています。これが慢性的な痛みの原因の一つです。
ステップ④:炎症サイクルが続く
傷ついた腱から炎症を引き起こす物質が放出され、周囲の組織を刺激します。痛みがあるのに動かし続けることで炎症が繰り返され、なかなか治らないという悪循環(あくじゅんかん)に陥ります。
出典:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK519000/
5. 治療方法
内側上顆炎の治療の基本は「腱への負荷を減らしながら、損傷した組織の回復を助ける」ことです。ほとんどの場合、手術なしの保存的治療(ほぞんてきちりょう)で改善します。
① 安静・活動の制限 まず最も大切なのは、痛みの原因となっている動作を減らすか、一時的に止めることです。ゴルフや野球を続けながら治そうとするのは難しく、炎症を悪化させるだけです。症状が強い時期は思い切って休むことが最短回復への道です。
② アイシング(冷やすこと) 炎症が強い急性期(きゅうせいき:症状が強い初期)は患部を冷やすことが効果的です。保冷剤や氷をタオルに包み、1回15〜20分を1日数回、肘の内側に当てます。直接皮膚に当てると凍傷(とうしょう)になる可能性があるため、必ずタオルなどで包んでください。
③ 痛み止め(消炎鎮痛薬) 炎症を抑えて痛みを和らげる薬(NSAIDs)を医師の指示のもとで使用します。飲み薬だけでなく、塗り薬や貼り薬も効果的です。
出典:https://www.clevelandclinic.org/health/diseases/21955-medial-epicondylitis-golfers-elbow
④ サポーターやテーピング 肘の内側にかかる力を分散・軽減するために、専用のサポーターやテーピングを使います。「カウンターフォースブレース(前腕に巻くベルト状のサポーター)」は特に効果的で、日常生活やスポーツ復帰時に広く使われています。
⑤ リハビリテーション(物理療法・運動療法) 理学療法士(りがくりょうほうし)のもとで、腱や筋肉の柔軟性を回復させるストレッチや、筋力を回復させる運動を行います。特に「遠心性収縮運動(えんしんせいしゅうしゅくうんどう:筋肉を伸ばしながら力を入れる運動)」は腱の修復を促進(そくしん)することが研究で示されています。
⑥ ステロイド注射 痛みが強く日常生活に支障をきたす場合、炎症を強力に抑えるステロイド薬を患部に直接注射します。短期的な痛みの緩和に非常に効果的ですが、繰り返し注射すると腱をかえって弱くするリスクがあるため、使用回数には注意が必要です。
⑦ PRP療法(ピーアールピーりょうほう) PRP(多血小板血漿:たけっしょうばんけっしょう)療法とは、患者さん自身の血液から血小板(けっしょうばん:傷を修復する成分)を高濃度に抽出し、患部に注射する治療法です。組織の修復を促す効果が期待されており、近年注目されています。
出典:https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/golfers-elbow/diagnosis-treatment/drc-20372872
⑧ 手術 保存的治療を6〜12ヶ月以上続けても改善しない場合に、変性した腱組織を取り除く手術が検討されます。ただし手術が必要になるケースは全体の約5〜10%と少数です。
6. 日常生活での変化と工夫
内側上顆炎になると、スポーツだけでなく日常のさまざまな場面で困りごとが出てきます。
料理するとき フライパンや鍋を持つ動作、包丁を使う動作が痛みを引き起こすことがあります。なるべく軽い調理器具を使う、鍋は両手で持つ、しばらくは電子レンジを多用するといった工夫が助けになります。
パソコン作業 マウスを長時間握り続ける動作が負担になります。マウスをより軽い力で操作できるものに変える、マウスパッドにリストレスト(手首を支えるクッション)を使う、キーボードの打鍵(だけん)を強くしないよう意識するといった工夫が有効です。
荷物を持つとき 重いバッグや買い物袋を肘の内側に力が入る持ち方(手のひらを上に向けて持つ)は特に痛みやすいです。リュックサックを使う、カートを活用するなど、なるべく前腕に力を入れない方法を選びましょう。
スポーツ復帰のとき 痛みが完全に消えてから、段階的に練習量を増やしていくことが大切です。いきなり以前と同じ練習量に戻すと、ほぼ確実に再発します。最初は軽い素振りや短時間のキャッチボールから始め、数週間かけて少しずつ量と強度を上げていきましょう。
出典:https://www.hopkinsmedicine.org/health/conditions-and-diseases/golfers-and-baseball-elbow
7. どれくらいで治るのか
内側上顆炎の回復期間は症状の重さや治療への取り組み方によって大きく異なります。
軽症の場合は数週間〜2〜3ヶ月の安静とリハビリで改善することが多いです。中等症では3〜6ヶ月かかることがあります。重症・慢性化したケースでは1年以上かかることもあります。
重要なのは「痛みが消えたからといって腱が完全に修復されたわけではない」ということです。痛みは感覚的なサインであり、組織の修復が完了するよりも早く消えることが多いです。痛みが取れた時点でいきなり激しい動作に戻ると、ほぼ確実に再発します。
研究によると、適切な治療を受けた場合、約80〜90%の患者さんが保存的治療で回復するとされています。
出典:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK519000/
8. 見逃してはいけない病気との違い
肘の内側の痛みは内側上顆炎以外の原因でも起こります。正確な診断のために整形外科での検査が必要です。
① 尺骨神経障害(しゃっこつしんけいしょうがい)・肘部管症候群(ちゅうぶかんしょうこうぐん) 肘の内側には尺骨神経という神経が通っています。この神経が圧迫(あっぱく)されたり引き伸ばされたりすると、薬指・小指のしびれや手の筋肉の萎縮(いしゅく:細くなること)が起こります。内側上顆炎と同時に起こることもあり、見分けが難しいケースがあります。
② 内側側副靭帯損傷(ないそくそくふくじんたいそんしょう) 肘の内側にある靭帯(じんたい)が傷ついた状態です。特に野球の投手(ピッチャー)に多く、「トミー・ジョン手術」の原因となる怪我として有名です。内側上顆炎と似た症状が出ますが、肘の不安定感(ぐらつき)を伴うことが特徴です。
③ 成長期の子どもの「リトルリーグ肘」 骨の成長が終わっていない子どもでは、内側上顆の骨そのものが引っ張られてはがれてしまう「骨端離開(こったんりかい)」が起こることがあります。成人の内側上顆炎とは全く別の状態であり、早急な治療が必要なケースがあります。
④ 変形性肘関節症(へんけいせいひじかんせつしょう) 長年の使いすぎや加齢(かれい)によって肘の軟骨(なんこつ)が すり減り、骨が変形した状態です。レントゲンで骨の変化が確認できます。
出典:https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/golfers-elbow/symptoms-causes/syc-20372868
9. 再発を防ぐために(予防法)
内側上顆炎は再発しやすい病気です。一度治っても同じ生活・スポーツを続けていれば、また同じ部位に負担がかかって再発します。再発を防ぐための具体的な方法を見ていきましょう。
① 正しいフォームを身につける スポーツでの再発を防ぐためには、肘への負担が少ない正しいフォームを専門のコーチや理学療法士に指導してもらうことが最も効果的です。特にゴルフのスイング・野球の投球フォームの見直しは根本的な予防につながります。
② 前腕の筋肉を鍛える 手首の屈曲(くっきょく:曲げる)・伸展(しんてん:伸ばす)運動を軽い負荷で行い、前腕の筋力を均等に鍛えることが大切です。強い筋肉は腱への負担を軽減します。
③ 十分なウォームアップとクールダウン スポーツの前後に前腕〜肘のストレッチを丁寧に行うことで、腱への急激な負荷を減らすことができます。「痛くなってから慌てる」のではなく、日常的な習慣として取り入れましょう。
④ 道具の見直し ゴルフクラブのグリップが太すぎたり細すぎたりすると肘への負担が増えます。自分の手のサイズに合ったグリップを選ぶことが大切です。また、シャフトの硬さや素材も肘への衝撃に影響します。
出典:https://www.clevelandclinic.org/health/diseases/21955-medial-epicondylitis-golfers-elbow
10. まとめ
内側上顆炎(ゴルフ肘・野球肘)は、肘の内側の腱に繰り返しのストレスが蓄積されることで起こる炎症性の病気です。ゴルフや野球をする人だけでなく、日常的に手や肘を繰り返し使う仕事をしている人にも広く起こります。
「たかが肘の痛み」と軽く見ずに、早い段階で整形外科を受診することが大切です。適切な安静・治療・リハビリを組み合わせることで、約80〜90%の方が手術なしで回復できます。
痛みが消えた後も「腱の修復は完了していない」ことを忘れず、段階的にスポーツや活動を再開することが再発防止の鍵です。また正しいフォームの習得・筋力強化・ウォームアップの習慣化が、長期的な再発予防につながります。
薬指・小指のしびれや肘の不安定感がある場合は、神経や靭帯の病気が合併している可能性があります。自己判断せず、必ず専門医(せんもんい)に診てもらうようにしてください。
